沖縄を去るにあたって 宇井 純(沖縄大教授・環境科学)
朝日新聞(2003年2月1日夕刊)

 沖縄に住んだ16年はあっという間のようだった。公害のひどい現場に住まなくては本当のことはわからないという立場を取る限り、全国ワースト5河川のうち3本があり、水の汚染が日本一になってしまったこの地に見を置くことは一つの必然であった。しかし、十数年迷走を続ける新石垣空港の白保沖海上建設案をめぐって、着任の翌日から沖縄県行政と真っ向から対決するようになってしまったのは、不幸なめぐり合わせであり、以来この島のある部分に根強い、右か左か、白か黒か、敵か味方かという、怠惰で不毛な二分法の中で処理され、何を提案しても聞かれずその反対が実現する結果になってしまった。無駄な流域下水道建設や形だけの赤土防止条例がその典型であり、雨水利用やびん・缶類の強制保証金(デポジット)制なども、なぜこの島で政策として実現しないのか不思議に思うほどである。
 そこには、米軍基地の過重な負担への不満をそらすために、沖縄地域全体を覆う沖縄振興開発計画による高率補助金制度によって、台風のように降ってくる公共事業をこなすのが精一杯の、開発優先、工事第一の行政がある。一方には、公開されている審議会の日程を私に答えることは、他の県民に対して不公平になると言い放つ環境課長が昇進し、他方には公開の会議では自分の意見はいえないとして会議を非公開にした国立大学教授が居るような状況で、どうして沖縄の壊れやすい環境が守られようか。
 雨のたびに島が血を噴くように赤土が海中に流れ出し、本土復帰前に比べてサンゴ礁の90%は死んだという。そのなかで沖縄市泡瀬では不急不要の、用途さえ決まっていない日本最大の埋め立て工事が進行している。この上、1兆円をこえるであろうと噂されている名護市辺野古の米軍普天間基地代替ヘリポートの建設が進められている。
 この現状に対して、できるだけのことはしてみた。96年には沖縄で日本環境会議を開き日本中の環境科学者に軍事基地と環境の問題を考えてもらい、そこで決議された沖縄環境ネットワークの発足を準備した。普天間基地の軍金属汚染を調べたり、キャンプコートニーのクレー射撃訓練に伴う鉛汚染を調べたりする一方で、南部の雄樋川をはじめとする河川を汚染している畜産廃水処理研究を続け、その結果は宮古島の地下水汚染防止にも応用されている。
 沖縄は地域の生活環境を守る住民運動が活発なことでも、全国有数の水準にある。が、小さい川を守り清掃するような運動の成果が行政に生かされるまでには距離がある。その距離を埋めるのが、NGOとしての沖縄環境ネットワークの仕事の一つだろう。そのためには、例えば自治体の予算の使い方などまで立ち入って考えるミクロな政策研究が必要になる。
 沖縄に異常な大きさの暴力の塊として存在する米軍基地の問題は、依然として進展していない。普天間基地は返還されることになっているが、中に何が入っているかは皆目わからない。だが幸いなことに、米軍が長年使っていたフィリピンのクラーク基地やスービック基地をよく調べれば、ある程度のことはわかるのではなかろうか。沖縄環境ネットワークは今年3月に軍事基地のもたらす汚染について、小さな作業部会を開き、そこにフィリピンやベトナム、韓国など、過去に米軍基地を経験した国々のNGOを招いて、その体験を共有してこの問題の解決の手がかりをつかもうとしている。
 最後に、16年間働かせてくれた沖縄大学に感謝したい。総じて採点すれば、可もあり不可もありを平均して65点ぐらいか。この後は公害と下水道の研究者として、体が動く限りは仕事を続けることになるだろう。



うい・じゅん 32年、東京都生まれ。東大工学部卒。同大助手時代の68〜69年、世界保健機関(WHO)上級研究員として欧州の公害を調査。自主講座「公害原論」を開講。86年から現職。3月末に定年で退く。著書に「公害自主講座15年」など。
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