OM研究所 現在未来 INTERVIEW vol.4 2004/10/13 建築家 その4
I :石田信男  T :丹羽朋子
独立第一作目での試み

T:

今回はOM研究所の副所長でもあり、OMソーラー発足以前から数々のソーラーシステムを試みられてきた建築家の石田信男さんにお話をうかがいます。'81年から始まったソーラー研※では様々な試みがされているわけですが、もう少し前、愛知県立芸術大学(の設計チーム)で奥村昭雄先生と出会って、そこからソーラー研発足まで奥村さんも試行錯誤しながら過ごしていますし、石田さんの試みもいろいろある。実測されているものもあるようですし、その辺りの実感… こうやってみたらこうだったという話を積み重ねたプロセス、ソーラー研からOM、そして今に至るまでを時系列で追っていくのがいいかな、と。

I:

俎上の鯉ですから。

T:

(笑)

I:

愛知芸大のお手伝いに行って奥村先生と話していた時に、最初は図書館のスケッチだったんですよ。図書館棟の空調計画どうしようかと言ってて。RCで、ダクトをぐっとまわして、真ん中の階段からリターン、ピットがあって、熱交換してまた上げる。その時に「ダクトが納まらないんだよ」って言われた。地下から2階までの空気の通り道が建築にうまく入らない、困ったねって言ってたんだ。それで一計を案じてスケッチを… 縦ダクトは出しちゃいましょう、見せちゃいましょうって、建物から追い出しちゃったんですよ。

T:

はー。

I:

いわゆるエタニットパイプといわれる製品の中に断熱材を入れた、今のOMの縦ダクトみたいなやつを外に出して。これみよがしにピンク色のケバケバっていうの。奥村さんあんまり好きじゃなかったらしいんだけど(笑)、目立つやつでいっちゃいましょうって。で、出来上がったら「や、いいじゃない」って言ってね。

T:

なるほど。

I:

基本設計でエレベ(立面図)書いたりセクション(断面図)書いたりしてた。どちらかというと吉村事務所では設備は見せない、きれいに隠して、きれいにピッと。そっちの方だったの。それを「見せちゃいましょう!」って言ったら、奥村さんも「うん、そうかね」って、設備を建築からこう、ぴゅっとね。

T:

確かに建築に…NCRや軽井沢の山荘もいろいろエレガントに納まってる感じはありますね。

I:

そう、設備をスマートに組み込むってことにすごく神経を使ってた。僕、すぐ居直っちゃうもんだから「いや見せちゃえ」って。だってこんなに太いんだもん。OMのこんなんじゃなくて、一抱えぐらいある、600ミリφぐらいかな? 
私の古い過去の傷を・・・(ポートフォリオを開く) 愛知芸大の仕事が区切りついたんで就職探そうと思ったら、ある人から紹介されて宮脇檀さんのところに行った。宮脇事務所でもずっと「ソーラーやりましょうよ」って小声で言ってたんだけけど、「だめ、だめ」って。

T:

愛知芸大の設備的なことからソーラーにいくのは、かなり転換が必要と思うんです。どの辺からこう… ソーラー研が始まった頃('81)はわかるんですけど、奥村さんの仕事としては星野山荘('73)の煙道熱交換※から始まって床下に温風を入れたものがいくつかあり、伊奈町の家('78、水式集熱+煙道熱交換)、大泉学園の家('79、空気集熱+砕石蓄熱槽)、そこでやっと『集熱』という考えが出てくる。ソーラー研以前に、試みというのは石田さんの中ではあったんでしょうか?

  東金の家'76 全景
写真1 東金の家 外観
I:

宮脇事務所を退職して、独立第一作の仕事東金の家,'76)の時にどうしてもソーラーシステムを取り入れたいと思ってたんだよね。それで奥村さんに相談に行ったら「僕もわかんないんだよ」って。

T:

東金では煙道熱交換をやっているのと、RC屋根スラブの上に波型スレートを置いているんですよね。

I:

そう。それを集熱板にしようと思ったんだけど・・・

T:

将来は集熱空気を温風床暖房とジョイント予定と(掲載記事に)書いてあって、結局どうされたんですか?

I:

や、その家はソーラー使えなくて。

T:

何で使えなかったんですか?

I:

技術がわかんなかったの、全然。

T:

でも一応、波型スレートでその下の空気は動かしたいという気持ちはあった。

I:

気持ちはあったんで穴だけ開けといたの。どういう形でその温風みたいなものが使えるかは、皆目わからなくて、全然手も足も出なかった。奥村さんならわかってくれるかなと思って駆け込んだら、「わかんないよ」って。
大泉学園の家より前。ともかく、煙道熱交換方式を採用させていただきますって、一升瓶持って行ったら「いいよ」ってね(笑)。

T:

なるほど。屋根で(空気集熱を)やってみたいと思ったと。奥村さんに相談したけど今ひとつわからない…

I:

奥村さんは設備的なことに関してすごくよく答えてくれて。建築のデザインの話も確かにしたけど、設備計画の時に一番頼りになる。相談すれば何かきっかけがあるかなと思ったけど、力尽きてダウン。

 

水から空気へ 設備から建築へ

 

T:

次に出てくるのが、私が拝見した中では国立の家('82)。ここではもうモルタルの外壁をコレクターにしていますよね。前後しますが、それまでも試みがいくつかあったのでは?

I:

工学院の中島康孝さんというソーラーシステムをやっている先生がいたんで、僕の先生の武藤章さんに「中島さんを紹介してください」といって、(国立の家の前に)藤沢ソーラーハウス('78,図1)をやったんですよ。この時に水集熱っていうのをやって、すごくわかるようになった。土中蓄熱っていうやり方で、中島さんはその土中蓄熱の先駆者だったの。

 
藤沢ソーラーハウス 全体システム図
図1 藤沢ソーラーハウス 全体システム図
I: その時の助手が大橋一正さんで、いろいろアイディアめいたときに下話していた。
T:

奥村さんの伊奈町の家も'78年。いろんなことやって、いろんな失敗もあって、まだソーラー研は始まっていませんけれども、水集熱ということに関しては身近にあったわけですね。

I:

僕は(当初)水派だった。その後、奥村さんはやっぱり空気がいいかなっとか。(藤沢ソーラーハウス掲載誌を見ながら)僕も藤沢ソーラーやった時は大変… つまりね、配管ルートに必ず異種金属が入る。アルミ、それから銅、それから真鍮、それから鉄管が入ってというと、イオンの電荷の差でアルミからいかれちゃうの。ぽこっと穴が空いて漏れ始めちゃう。やっぱり水の管理ってものすごく大変で。凍るし。これは… '78年。

T:

そうそう、そのくらいに出てこなくっちゃ。石田さんが(東金の家から国立の家まで)6年もぼーっとしてるわけない(笑)。絶対何かやってるって思ったもん。

I:

これ、土中蓄熱をするっていうことで、各部屋の下にですね… 砂。藤沢って砂地でいくら掘っても砂なもんで、蓄熱体としてはいいんじゃないかってことで。お湯のタンクを入れて、まわりに砂利を入れる。で、砂利を経由して空気にして戻すんですよ。最終的には空気を利用するんだけれども、水式の矢崎のパネルでお湯を作って、地下のタンクにお湯を入れる。これが熱源になって砂利から外側にずっと熱がしみこむ。長期蓄熱だから、3ヶ月から4ヶ月、小型ファンを使ってどんどん新しい空気を送り込んで。夏の終わり頃から2ヶ月ぐらいして熱が上に来るなっていう(感じで)、11月下旬あたりから何となく床がぬぁーっとしてきて。

T:

なるほど。水で集熱して空気で利用した。実際に効果あった感じはありましたか?

I:

うん、あった。

T:

OM以前にはこういう苦労があったんですね。こんな大掛かりなの、やる気しません(笑)。夏はお湯として使ったんですよね。

I:

もちろん使ってる。お風呂には余るほど採れた。パネルが10枚ぐらい並んでたから。

T:

実測は? 有効集熱量や集熱効率がどのぐらいか知りたいな。この(集中蓄熱の)タイプはみんな熱を取り出すのに苦労してるから、実際の生活の中でどんな感じかっていうのに興味があります。

I:

実測データは全部とってある。中島研究室の修士論文。蓄熱開始するのが夏の終わりぐらい、9月初旬あたりからで、だいたい3年ぐらいは追跡調査した。長期蓄熱型、この場合には何とかうまくあてはまりました。

T:

(蓄熱層は)600ミリφ、高さ1,800ミリが3本っていうと… 約1500リットルか。それが何℃ぐらいになったんですか?

I:

50℃前後。

T: そんなに! 3つとも?

I:

でも今はいろんな事情でソーラーシステムは使われてない。やっぱり水漏れに対して… ちょっとでも漏れると大騒ぎになって、懲りた。で、空気ならちょっと漏れたっていいやって。

T:

でもそこから今の形になるまではまだ距離がある… 奥村昭雄+野沢正光さんの仕事でいえば、大きいところでは'82年に日野自工新田体育館※が出てくるんですけれど、それまでは躯体(集熱)で一所懸命がんばってた感じ?

I:

ひとつ、奥村設計所の仕事で実現しなかったんだけど、空気式の鉄板屋根での集熱(計画があった)。空気は凍らないのがいいなってことになってきて、だんだん空気の方に来るんだね。これ、西大沼の家('81, 図3)は、野地板にアスロックをひいて中空層(の空気)をダイレクトゲインで(暖める)。お湯は水式コレクターを載せて供給する。

 
西大沼の家'81 空気式集熱システム図
図3 西大沼の家 空気式集熱システム図
T:

ソーラー研の始まった'81年、野地をコレクターにしているんですね。(この家では)蘭のための温室とか、煙道熱交換もやってるし、ちょっとずついろんなことやってる。

I:

(笑)結構助平なもんでね、ちょちょちょっと舐めてみちゃ…

T:

西大沼での野地集熱の方が、モルタル外壁集熱よりも前。屋根で(熱を)とるということを試みている。

I:

防水シートの黒いやつを貼っただけ。測ってみたら、野地板からとれるのが40℃そこそこ。これ以上は上がらないっていうのがわかって。

link interview4-1 link interview4-1 link interview4-3    
ホームに戻る
vol.1 野沢正光 その1(2004/03/09)
vol.2 野沢正光 その2(2004/04/26)
vol.3 野沢正光 その3(2004/06/18)
vol.4 石田信男     (2004/10/13)
vol.5 永田昌民     (2005/1/20)
vol.6 野沢正光 その4(2005/03/09) new
Copyright (C) 2008 NATURAL ENERGY INSTITUTE Inc. All rights reserved.