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昔、実家の裏庭は様々な木が生い茂り、子供の頃は兄弟や友達と「探検ごっこ」といっては木の実や落ち葉拾いをし、日が暮れ暗くなってもどろんこになるまで遊んでよく母に叱られたものです。その木の実や落ち葉は、欅・栃・一位の木・樫・槐……などの広葉樹のものだった。大樹の樹齢は四、五百年?
ここに古刹が出来たのが確か鎌倉時代だから…もっと歳をとっているか…。 立派な大樹だったので、子供同士円周を手でつなぎ天を仰ぐように空に広がる枝を見上げていた。そんな幼少の頃から何十年も経ち、時代も随分変わってしまった…。
数年前だったか、この落葉樹達が近所で問題になった。伐採の要請があったのだ。風の向きや天候によっては枯れ葉が容赦なく周辺の田畑に落ちるときがある。両親達の枯れ葉管理や近隣対応の努力にも限界がきて、とうとう、悲しい気持ちを押さえつつ、落葉樹全てを伐採してしまった。時代や世代が変わると、どんなにすばらしい大樹達でも地域の厄介者になってしまうのだろうか。田畑の仕事途中にちょうど良い木陰があると一服したり、近所の子供達の遊び場にもなったりと、地域のコミュニケーションにも大切な役割を果たしてくれていたが……。悲しい時代になったと母はこぼしている。
さて、前置きが長くなってしまったが、この写真の茶壺は私が日頃愛用しているもので、例の伐採で犠牲になった槐の木で作った茶壺。伐採の費用が随分とかかったらしく、手元に少しだけ形を変えて残ったうちの一つ。槐は木目の綺麗な木でとても気に入っている。いつでも故郷を思い出させてくれる大切な道具、宝物である。
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