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山崎 博司:出口工務店の山崎です。奈良におるいうことで段取りを担当しました。なんといっても関西の建物は「瓦」です。OMをやっていると瓦と疎遠になりがちですが、これを機会に伝統の技術と屋根の美しさに目をむけようと思います。本日は第1部として上原真人さんと小林章男さん、お二方のお話をうかがい、第2部は瓦に関して各方面のご意見を交換し、討論も予定しています。

上原 真人:京都大学で考古学をやっております上原です。私のイトコの奥村まことが「瓦にはまっている」ということで、本日は助っ人として参上しました。ただし、「瓦にはまった」のは私のほうが早い。平安神宮などがある京都の岡崎公園付近には、11、12世紀(院政時代)に六勝寺という寺、名前に「勝」という字のついた寺が六つあった。30年ほど前、大学生になりたてのころ、六勝寺の発掘調査に参加したところ、参考書で見たこともない瓦が山ほど出てきた。古代の瓦といえば飛鳥、奈良時代の瓦は美術的にも優れていて研究もたくさんあるが、平安時代後期の瓦など誰も見向きもしない。しかし実に面白い。そしてはまったのです。
11、12世紀は末法の世で、平安貴族や皇族は競って阿弥陀堂を建てた。瓦の需要が異常に高まるが、もはや古代国家は財政的に破綻している。平安京周辺の瓦屋だけではとても需要に応えきれない。だから、出土した瓦には京都産だけでなく、遠く香川・兵庫・愛知や隣の丹波・奈良から運び込んだ瓦が多数含まれている。その産地認定と歴史的背景の検討が学生時代の研究テーマでした。当時は、瓦の時代判定と軒先に使った瓦の紋様系統の研究が主流だったので、瓦の生産と流通に関わる研究は斬新だったと自負しています。
しかし、考古学的な瓦研究の基本は、やはり時代判定と文化系統の認定にある。ただし系統の認定は、紋様系統論よりは製作法の観察による技術系統論が主流を占めつつある。近年の瓦研究は、年代論も系統論も微細且つマニアックになって、こういう席での話題には不適です。今日は「世界史の中の瓦屋根」ということで、もっと大雑把な話をします。
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