OM研究所の現在

 我が国で大量のエネルギー供給がされるようになったのは1950年代後半。石炭に変わって石油が出回り、どこの家庭でも石油ストーブが使われるようになりました。住宅に使われる電力も急激に増えていきました。1960年代になると、クーラーも次第に普及していきました。我が国がこうした石油をはじめとする資源エネルギーを投入することで、家庭の暖冷房を賄うモデルとしたのは、言うまでもなくアメリカです。戦後のアメリカはそれまで軍需物質として統制されていた有り余るほどの石油の使い道を暖冷房利用につぎ込むことを考え、暖冷房技術が飛躍的に高まった時期でもあったのです。周辺環境とは無縁の遠方から運んできた高エネルギーの資源エネルギーを湯水のように使えば、室内気候を周辺の環境に左右されず、人工環境として維持していくことは比較的たやすいことです。
 しかし、1960年代のアメリカで、こうした建築のあり方に対して、疑問を持った人もいました。『環境としての建築』( The Architecture of the Well-tempered Environment )を1965年に著したレイナー・バンハムは、設備技術だけが一人歩きをはじめ、室内環境をつくるという建築の役割を設備がすべて肩代わりしていくと、建築はどうなっていくのか、建築が室内の快適性を生む努力を放棄して、設備がつくる人工環境におんぶされるようになるのは、建築家の創造力の怠慢ではないのかと言う意味のことを述べています。
 バンハムのいう「建築家の創造力」に火がつくのは、70年代に入ってからです。決定的だったのは1973年10月の第4次中東戦争の勃発をきっかけに起こった第一次石油危機です。そして1980年以降の地球温暖化をはじめとする地球環境問題によって、資源エネルギーだけに依存したきた建築の考え方は、根本的に変化を余儀なくされていきました。それは一言でいえば、建築における新たな「自然」の再発見といえる事件でした。

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[ LAST UPDATE Thu, 2005-08-11 21:22 ]
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