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J:ヨーロッパの改修とその質的な関係はどうでしょうか?
N:アムステルダムやロンドンでは70年代から80年代に流入する外国人の問題があり、その結果としての社会の多様化の過程で大きな軋轢があったのではないだろうか。その観点から言えば、バイルメルメールなどは計画が結果として言えば安直だったのではないだろうか。僕が多少かかわった広島・基町の集合団地※1では、店舗や風呂屋や学校とかの問題を全部抱え込んでつくったわけですが、バイルメルメールではそういう公共サービスとか、賑やかさとかが何もない。教会もない。まさにソビエト型の新都市といいたくなるものです。ル・コルビュジェの「輝く都市」が大きな前提になっていて、その後のアリソン&ピーター・スミッソン※2あたりの議論が下敷きになっている。人と車の分離とか、公開緑地や横に長い集合住宅などのイメージがある。
J:住民の参加はどのようなものでしょうか?
N:イギリスの場合には、やっぱりハウジング・アソシエーション(住宅協会)なり何なりが主導して、そうとう住民が入ってきてやっていますね。だから、逆に言うとテラスハウスみたいになっちゃうのかもしれないけどね。コンサルタントが入ってサポートしながらやっていくんだと思います。旧東ドイツというのはそういう問題として考えているわけでなく、もっとトップダウンです。問題は、住民参加どころか、住民が半分いなくなっちゃったみたいな所だから、これをどうにかしようというので、もっと政策的な話ですね。
だからライネフェルデは、ショウルームだと思います。もう1ヵ所「ワイマール北団地」というのがあるんだけど、それはペンキの塗り替えにちかいぐらいの改修しかしてないんです。だからライネフェルデは、なんとかこの問題を大きな問題として、みんなにわかってもらおうとするための一種のモデルプランという感じがする。だってカネのかけ方が尋常じゃない。新築並みといってはなんだけど、スケルトンの費用は除いて、あとは新築並みに全部やり替えているわけですからね。
J:日本の公団の団地※3で30年ぐらい前というと、設備もひどいし広さもひどい。外断熱をやってリニューアルしたぐらいで、これから先どれくらい住めるかということがありますね。
N:日本の集合住宅では耐震基準に合わないときどうするかですが、ある構造屋さんが言うには、上の荷重を減らす。すなわち減築が構造的解決の手段として説得力を持つと言ってます。そうすれば隣りとの構造壁を合理化するとかできる。
しかし、何よりも分譲の場合の「区分所有」の壁を取り除くのが難しい。ヨーロッパでは空き家率の高さというのは、住棟単位で解決していくみたいな方法が採りうるわけですね、基本的には社会的住宅だから。「あなた、こっちへ移ってください」みたいなことで、その住棟一つを空けて、減築でポンと壊すということができるけど、日本の場合は多くが区分所有で、ここと、あそこと、ここがいま空き家になっているみたいな住棟が、空き家になっていることによって維持管理が難しくなってきて、また別の問題を発生させるみたいなことが起きますよね。だから、夢のようだけれど、日本の住宅をファンドなりハウジング・アソシエーションなりが所有するようになれば…。
今までの日本の公庫とか公団とかいうものはパブリック・サービスじゃなくて、役所からぶら下がったようなものだけど、ヨーロッパのソーシャル・サービスとしてのハウジング・アソシエーションというのは、どっちかというと「民」を向いている組織のように見えますね。たとえばハウジング・アソシエーションが150万戸の住宅を持っているとか、そういうふうに所有しているわけですよ。
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